丁寧に編まれた「妊活」当事者たちの声が、改めて家族とは何かを問いかける
書名:子どもを迎えるまでの物語 生殖、不妊治療、親になる選択
著:ベル・ボグス
訳:石渡 悠起子
発行年:2021年6月
ジャンル:実用
仕様:四六判/352ページ
ISBN:978-4-909125-27-9

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もし世界中で、たった一人しか赤ちゃんがいなかったとするでしょ。

その赤ちゃんがどこにいても、皆、仕事を置いて見に行くでしょうね。

Belle Boggs(ベル・ボグス)
米国バージニア州出身の作家。『Orion』『Harper’s』『The Atlantic』『The Paris Review』などの米国内外の幅広い媒体に作品を発表している。短編小説集『Mattaponi Queen』は、バージニア州のマタポナイ川流域を舞台にした連作小説で、ベイクレス賞や、バージニア文芸賞を受賞した。本作『子どもを迎えるまでの物語 生殖、不妊治療、親になる選択』は、『Kirkus』『Publishers Weekly』『The Globe and Mail』『Buzzfeed』『O,the Oprah Magazine』でベスト・ブック・オブ・ジ・イヤーに選出された。また、他にも小説『The Gulf』を発表している。現在、ノースカロライナ州ホー川のほとりに家族と住み、ノースカロライナ州立大学の英文学科の教授として、修士プログラムの指導にもあたっている。

不妊治療、養子縁組、LGBTカップル、子どもをもたない
こどもをめぐるあらゆる決断を応援する

本書は、著者ボグスをはじめとする、さまざまな人々の 「子どもを​迎えるまでの物語」​ を描いたノンフィクションエッセイです。

小説家である著者が妊活を始めてから、体外受精による妊娠・出産にいたるまでの5年間に経験した個人の物語、そして、不妊治療や養子縁組について調べる中で、著者が出会ったさまざまな人々の出産や養子を迎えるまでの話が丁寧に綴られています。
この本に登場する人工授精、体外受精、里親、特別養子縁組で子供を迎えた人々や、子どもをもたないことを選んだ人々の中には、ヘテロセクシュアルも、LGBTQ+コミュニティの人間も、カップルも、またはシングルペアレントもいます。同性婚の法制化が依然として待たれる日本においても、同性婚がもたらすであろうLGBTQ+カップルの家族のもち方の選択肢について、パートナー間、そして社会全体でも、あらためて考えるきっかけをくれるケーススタディが描かれています。また、経済的状況や、住まう地域、人種、信仰の違いによる、不妊治療へのアクセスに格差がある米国内の不妊治療や、近年日本でもあらためて問題になった優生保護法の傷跡についても描かれています。

また、不妊であることに対する「偏見」、そしてそこから来る「劣等感」に「打ち明けにくさ」という個人の悩みの根本の部分については、子どもがいない人々の静かな悩みや、もたないことを選んだ人々と社会との関わり方を、文学や医療、そして文化や宗教の歴史の中で、どのように扱われてきたかなどが記されています。

この本は、子どもを望むあらゆる人々に、
「あなたは一人じゃない」
「あなたにも選択肢があるよ」
と呼びかける、静かで確かな希望に満ちた本です。


【出てくるケース】

ベルの場合
著者。三度の人工授精を経て、体外受精治療への移行を医師に勧められる。
迷いながらも、体外受精に踏み切るまでのなかで、なぜ自分がこれほどまでに自らの子を渇望するのかを知るために、文化的なすりこみなどの背景や、医学的な根拠などを丹念にリサーチしながら、特別養子縁組を経て親になった人たちや、代理母を模索する人たち、子どもを持たないことを選んだ人たちと出会い、話を聞く。

ネイトとパルルの場合
不妊治療に何年もとりくみ、6回の流産を経て米国内で養子を迎える。米国の民間の養子縁組エージェンシーを通し、養子縁組希望を登録して数週間後に急遽女児を家族に迎えることになる。州の法律によって出生後の実母がやはり子どもを引き取りたいなど気持ちを変えるまで、24時間のみ与えられているユタ州のエージェンシーを通したため、出産の知らせを受け、急いで他州へと飛び立った。ビジネスライクなエージェンシーのプロセスに疑問を抱いた二人は、国内の養子縁組について啓蒙と支援を行うグループを立ち上げる。

マークとレイチェルの場合
HIV/AIDSで親を亡くしたという4歳の男の子をエチオピアから国際養子縁組で迎える。現地に息子を迎えに行く際に、息子の親戚にも顔を合わせるものの、帰国後、息子と家族になった過程の話をするなかで、息子に「親は死んでいない」と言われてしまう。言葉が通じず通訳を介するしかないエチオピアでは、出生証明書や死亡証明書などもない。二人の話を通して国際養子縁組の不透明な部分も指摘されている。

ウィリス・リンチの話
1948年、当時14歳だったウィリスは、優生保護法によって「子どもを持つには不適」とされ、住んでいた州立の児童養護施設から近隣の病院にうつされ、強制的に去勢手術を受けさせられる。州に対して賠償金を求める活動を行うほか、講演などを行う。

メッカ・ジャミーラ・サリバンの場合
米国人作家。強い女性主人公の登場する小説を書く。「人生で色々なものが欲しいけれど、今は子どもは欲しくない」と公言する。Childless(子なし)やChildfree (子どもを持つことから解放されている)などの表現をどう思うか尋ねられ「子どもがいたとしても、女性や作家と言われる方が良い」と言う。

ホリー・ブロックウェルの場合
英国人作家。29歳当時、自ら避妊を希望するも、英国の国民保健サービスの登録医師たちに手術を4度拒否され、英国内で物議をかもした。「子どもを産み育てるには十分大人だと言われるのに、子どもを持たないという決断をするには若すぎると言われた」として、ダブルスタンダードを指摘する。

ゲイブとトッドの場合
ゲイカップルの二人は結婚後一年を経て、子どもを迎えることを決意する。代理母を選びながらも、国際的な代理母出産ビジネスにまつわる母体へのリスク、依頼主と代理母の経済的なパワーバランスなどに葛藤する。

マーガレットの場合
9回の体外受精治療と7回の流産を経て、妊娠する。38歳で不妊治療開始当時住んでいたNY州では、不妊治療の適用ケースや範囲が限られていて、多額の治療費への負担が強いられた。その後、転職で引っ越した先のマサチューセッツ州の医療保険では、不妊治療の医療保険適用範囲が広く、高額な不妊治療を続けることが可能となった。42歳で自身の卵子での体外受精に成功する。

キャンディスの場合
イタリア系米国人の夫を持つ、アフリカ系米国人女性。白人やアジア人のドナー卵子数にくらべアフリカ系の選択肢が非常に限られていたことを指摘する。


【ベスト・ブックス・オブ・ジ・イヤー選出メディア一覧】
 ・Kirkus
 ・Publisher Weekly
 ・Buzzfeed
 ・the Globe and Mail
 ・the Oprah Magazine



妊娠や出産。「悩んでいるのはあなた一人ではない」と伝えたい

発起人 石渡 悠起子より

 私がこの本に初めて出会ったのは、32歳でまだ結婚していた頃でした。新婚だった当時、フリーランスになりたての私が妊娠するのを先延ばしにしていたのは、経済的な不安と、出産よりも今はまだ仕事を優先したいという気持ちからでした。そんな事情を知らない周りから、「早く子どもを作った方が良い」と悪気ない声を掛けられるたびに、責められているような苦しい気持ちを感じながらも、ごく一部の親しい人以外には自分の考えを打ち明けることはありませんでした。
そんななかで、著者ボグス自身が自分の葛藤や焦りを淡々とだけれど真っ直ぐ描きながら、様々な人々の体験を丁寧に掘り下げていくこの本を読みすすめていくうちに、親しい友人とすら話題にしにくい妊娠・出産についての色々な選択肢を自分なりに考えるようになり、いつかこの本を訳せたらなと漠然と思うようになりました。

2018年、とある政党の議員が子どもを産む能力の有無を「生産性」という言葉で語るのを見て、非常にショックを受けました。これがきっかけとなり、再びこちらの本の日本語出版に向けて動きだしました。
自分とは異なる人々を「ないことにする」人々を責めるのではなく、そうした人々に「多様な選択肢を求める人々がいること」を、正しく知ってもらいたいし、そのためのきっかけを翻訳者の私が作れるとしたらこれだ!と思いました。

2015年の国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」によると、結婚10-14年目の夫婦の21%以上、つまり5組に1組が不妊治療を受けたと発表しています。不妊治療についての説明する本や妊活に関する本は日本でも出版されていますが、当事者の声を記した本は圧倒的に少ないのが現状です。

この問題を、オープンにすこやかに当事者も社会も議論できるようになるためには、「悩んでいるのは自分だけでない」「何もおかしいことではない」とくり返し読者に伝えてくれる個人の体験が非常に重要だと思います。
そして、「悩んでいるのはあなた一人ではない」というメッセージを淡々と伝え続けていくために。この本を日本の読者の皆さんに届けられることを心より願っています。

石渡 悠起子 (いしわた ゆきこ)
翻訳者。音楽家。NY市立大学クイーンズカレッジ音楽学部卒業。フリーランスで企業翻訳を提供するなか、Zen101という名義で詩の朗読と歌を融合させた電子音楽の制作と演奏を続けている。本著が書籍翻訳第1作目となる。
Twitter:石渡悠起子@yuki_ishiwata