吃音で悩む少年の大冒険を描いた
美しい色彩の幻想的なチェコ・コミック
書名:ペピーク・ストジェハの大冒険
作:パヴェル・チェフ
訳:ジャン=ガスパール・パーレニーチェク、髙松美織
発行年:2023年6月
仕様:B5判/並製本/208ページ/4色
ジャンル:外国文学・コミック
ISBN:978-4-909125-41-5

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アマツバメの翼はとても長いんだ

だから他の鳥のように

どこからでも飛び立てるわけじゃない

少し傾斜がひつようなのさ


著:Pavel Čech(パヴェル・チェフ)
1968年、チェコスロヴァキア(現在のチェコ)のブルノ生まれ。鍵屋や消防士として働いたのち、2000年に『ルディー(Ruddy)』でコミック作家としてデビュー。2012年刊の本書『ペピーク・ストジェハの大冒険』は、チェコで最も権威のある文学賞「マグネシアリテラ(Magnesia litera)」の児童書部門を受賞するなど本国での評価が高く、イタリア語やフランス語など複数の言語に翻訳されている。本書以外の代表作に、『おじいちゃん(Dědečkové)』(2011年)、『A』(2016年)、『電車(Vlak)』(2017年)などがある。児童文学作家としても知られていて、『小さい悪魔の話(Očertovi)』(2001年)や『素晴らしい庭(Ozahradě)』(2005年)が名高い。表現力豊かな作風から、チェコ映画界の巨匠でイラストレーターでもあったイジー・トルンカにしばしば比較される。
チェフのHP:www.pavelcech.wz.cz






訳:ジャン=ガスパール・パーレニーチェク(Jean-Gaspard Páleníček)
1978年、プラハ生まれ。元チェコ外務省チェコセンターパリ支部館長。ヨーロッパのさまざまな都市で文化イベントを手がけ、美術展企画協力、映画祭美術・プログラム担当として精力的に活動。ヨーロッパの複数の雑誌で文化社会評欄や随筆を連載している。詩集や随筆など著書多数。2022年には『Mater speciosa』(Revolver Revue 社)が出版された。「チェコ・コミックの100年展」(明治大学米沢嘉博記念図書館、北九州市漫画ミュージアム、2017~2018年)でチェコ・コミックを総体的に紹介。チェコの学生が日本の日常を描いた『Iogi 井荻』(第15回日本国際漫画賞〈入賞〉、ミュリエル賞シナリオ部門受賞)の原作者兼アドヴァイザー。

訳:髙松美織(たかまつみお)
パリソルボンヌ大学臨床心理学部卒業。フランス語通訳、翻訳家。「チェコ・コミックの100年展」(明治大学米沢嘉博記念図書館ほか)など美術展で翻訳協力するほか、『Iogi 井荻』を邦訳。

思春期の少年の内なる旅を
無限の筆致で描く

同級生達から吃音をからかわれ、重い気持ちで学校生活を送っているペピーク・ストジェハ。
春が待ち遠しい冬のある日、彼は道端で青い小石を拾う。それからというもの、彼のくすんだ日々が生き生きとし始める。不思議な本との出会い、転校生の少女エルゼヴィーラとの交流……。

ところが、そんな幸せな日々も長続きはしない。ある日、突然、エルゼヴィーラが姿を消してしまったのだ。ペピークは意を決し、彼女を探す冒険の旅に出る。


 作者のパヴェル・チェフはこの『ペピーク・ストジェハの大冒険』という作品について、インタビューで次のように語っています。「私は人の心が形作られていく時期が好きです。それはとても大切な瞬間です。その時、私たちは誰かと出会い、その誰かから決定的な影響を与えられるのです。主人公は路で不思議な青い小石を見つけます。それはごく些細な、なんでもないことですが、その瞬間から、彼の生活だけでなく、彼自身が変わり始めるのです……」。

 本書は幼少期に吃音があった作者パヴェル・チェフの半自伝的作品です。







【チェコ・コミックについて】
チェコ・コミックには約100年に及ぶ長い歴史があります。もっともそれは決して平坦なものではなく、チェコという国が歩んできた道のりと同じく、波乱に富んだものでした。1989年のビロード革命による民主化以降、新しい世代の作家たちが多種多様で魅力的な作品を次々と生み出していますが、残念ながら現時点では日本語訳はほとんどありません。とはいえ、2017~18年には明治大学米沢嘉博記念図書館で「チェコ・コミックの100年展」 が開催されました。今後のさらなる紹介が期待されます。
参考URL:https://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/exh-czech.html


日本ではまったく翻訳されていない
チェコ・コミックの魅力を届けたい!

発起人・翻訳:ジャン=ガスパール・パーレニーチェク(Jean-Gaspard Páleníček)、髙松美織(たかまつみお)より

 海外マンガと聞いて、まっさきにチェコ・コミックを思い浮かべる人はいないでしょう。アメリカのコミックスやフランス語圏のバンド・デシネをまず思い浮かべるのではないかと思います。ところが、実はチェコにも魅力的なマンガがたくさん存在しています。残念ながらまだ日本語に翻訳されていませんが、読んでいただく機会があれば、きっとその魅力に夢中になっていただけるのではないかと思います。

 2017~18年に明治大学米沢嘉博記念図書館で「チェコ・コミックの100年展」を開催した際(パヴェル・チェフの『ペピーク・ストジェハの大冒険』もこの展覧会で紹介しました)、来場者の皆さんから「これはマンガというよりアートですね」というご感想をたくさんいただきました。うれしく思う一方で、驚きました。なぜならチェコ人にとって、マンガはまごうかたなきアートだからです。日本のマンガに慣れ親しんでいる皆さんには意外に思われるかもしれませんが、チェコ・コミックは自宅で気軽にコレクションできるアートの一つなのです。

 チェコ・コミックは日本のマンガより大判で、しばしばオールカラーで描かれています。アメリカのコミックスやフランス語圏のバンド・デシネとよく似ていると思われる方もいらっしゃると思いますが、当然ながら、それらとまったく同じではありません。チェコ・コミックにはチェコ・コミックならではの特徴があります。大げさに聞こえるかもしれませんが、それにはチェコの歴史が大きく関わっています。チェコ・コミックの発展は、チェコの国内外の情勢に翻弄されてきたのです。

 チェコでは1948年から1989年まで共産党の独裁政権時代が40年以上続きました。その時代、政府に非協力的な芸術家や知識人たちは職を追われました。もっとも、働かなければ投獄されてしまいますから、彼らは秘密警察や密告者たちの監視の目にさらされながら、単純労働に従事して、どうにか生計を立てていたのです。

 視覚に強く訴えかけるからでしょうか、その時代、チェコ・コミックも共産党政権から睨まれ、幾度となく弾圧されてきました。「西側の堕落した文化の権化と見なされたチェコ・コミックは、必然的に地下活動の対象となりました。幼児雑誌に掲載されるコミック以外では商業化などは考えられず、描くならば逮捕されても構わない覚悟が必要でした。

 公表されることなく、親しい友人同士の間でこっそりと見せ合うことしかできなかったにもかかわらず、その不遇の時代にチェコ・コミックは描き継がれてきました。作家たちにとって、それは最後の心の砦だったと言えるかもしれません。紙の上でだけは、現実の世界から離れて精神を解放させ、心の奥深い場所に分け入ることができたのです。こうしてチェコ・コミックは、作者自身の内面を強く反映する芸術に発展しました。1989年、ビロード革命を迎え、民主資本主義へと社会が転換した後も、チェコ・コミックのこの精神は現代の作家たちに受け継がれてます。

 冒頭でも申し上げた通り、チェコ・コミックにはすばらしい作品がたくさんあるのですが、残念ながらまだほとんど日本語に翻訳されていません。このような状況を変えるためにも、ぜひ皆さんのお力を借りて、パヴェル・チェフの『ペピーク・ストジェハの大冒険』という作品を翻訳出版することができたらと思います。
 幸い日本ではチェコ・アニメがよく知られています。共産党独裁政権下の困難な時代に活躍した世界的なアニメの巨匠にイジー・トルンカがいます。彼はただ美しい世界を描いたというだけでなく、人生の苦悩といった一見ネガティブなテーマも取り上げ、人間を丸ごと肯定した偉大な作家でした。実は今回ご紹介するパヴェル・チェフは、チェコの芸術界でトルンカの再来だと評価されている逸材です。その才能のほどは、この本を読んでいただければわかるのではないかと思います。


〈サウザンコミックスについて〉
サウザンコミックスは、世界のマンガを翻訳出版するサウザンブックス社のレーベル。北米のコミックス、フランス語圏のバンド・デシネを始め、アジア、アフリカ、南米、ヨーロッパ……と世界には魅力的なマンガがまだまだたくさんあります。このレーベルでは世界の豊かなマンガをどんどん出版していきます。