自分は自分のままでいい
自閉症スペクトラム障害の男の子の自立の物語
書名:キッズライクアス
著:ヒラリー・レイル
訳:林 真紀
発行:2020年7月
ジャンル:フィクション(ヤングアダルト)
仕様:四六判/378ページ
ISBN:978-4-909125-21-7

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「〝僕ら〞はみんな? みんなって誰を指しているの、マーティン」

「自閉症スペクトラム障害の人たちのことだよ。自閉症がこの世界での存在の仕方だと思っている人たちのことだ。同性愛の人たちのようにね。同性愛も自閉症も、障害でも疾患でもないんだ。治療に抵抗を示している人たちもいる。僕らを治すことは、僕らの根底を否定することだとレイラは言っていた」

「つまり、あなたはこれからもずっと自閉症スペクトラム障害でいるってことね?」

母さんの顔が険しくなった。目には涙が溢れた。

「でも母さんたち、ずっとがんばってきて……」


作者:ヒラリー・レイル(Hilary Reyl )

ニューヨーク在住の作家。ニューヨーク大学にてフランス文学を専攻し、19世紀のフランス流行文学の研究で博士号取得。学位取得後にフランスに留学し、パリで数年間を過ごす。デビュー作は『Lessons in French』で、oprah.comの編集者選書に取り上げられた。『キッズライクアス』(原題:kids like Us)は著者が手がけた初のヤングアダルト小説。

「普通」とは何か?
自閉症スペクトラム障害の高校生マーティンの恋

『キッズライクアス』は、2017年に発刊されたヤングアダルト向け小説であり、自閉症スペクトラム障害(高機能自閉症)の高校生の男の子、マーティンが主人公の物語だ。マーティンは普段はロサンゼルスの「特別な」学校に通っているが、映画監督である母親の仕事にくっついて、夏休みをフランスの田舎町で過ごすことになる。

マーティンは生まれて初めて「普通の高校」に通い、そこで出会ったフランス人の女の子に電撃的に恋に落ちる。そして、とても独特な方法で彼女を想い慕うのだ。彼はプルーストの「失われた時を求めて」を愛読しており、自分を取り巻く世界の多くをこの作品の文脈と結びつけて解釈しようとする。最初の頃は、恋に落ちた彼女も、周りにいる「普通の友達」も、プルーストの物語の世界の中から見た「空想」の一つだった。しかし次第に、彼はそれが空想ではなく、生身の人間であることに気づき始めるのだ。

それはマーティンにとっては衝撃的な気づきだったに違いない。それまで自閉症スペクトラム障害として生きてきたマーティンに、数々の葛藤が生まれる。マーティンは両親に幼少の頃から数々の療育を施されてきたが、それにどのような意味があったのか。「自閉症」は治すべきものなのか。なぜ自分に「普通の友達」ができると、母親が喜ぶのか。果たして自分は一体何者なのか。

思春期を迎えた自閉症スペクトラム障害の高校生の、瑞々しくも胸が詰まるような心の揺れ。最終的に、マーティンはフランスでのさまざまな葛藤や交流、そして故郷ロサンゼルスの「特別な」学校の友人たちとのやり取りを通して、「自分は自分のままでいいのだ」という答えを見出していく。




自閉症スペクトラム障害の子供が自立へと向かうとき


発起人・翻訳 林 真紀より

自閉症スペクトラム障害のお子さんを育てる親御さんが、口を揃えて言うこと。

「この子はどんな思春期を迎えていくのか。やがてどんな大人になっていくのか。」

子どもが自閉症スペクトラム障害という診断がおりてから、様々な療育を施した方も沢山いることでしょう。特に幼児期は、病院や療育施設で様々な療育が準備されているため、親子共々忙しい日々をおくるかもしれません。そして幼児期の療育が終わると、今度は学校に入り、学習支援に走り回る日々が始まります。そうこうしているうちに、子どもはあっという間に育ちます。親御さんのほうも悩んだり不安になったりすることもあるでしょうけれども、この時期は割と明確な「支援」の形が見えています。

けれども、その先は…?

その先、つまり、自閉症スペクトラム障害の子供が自立へと向かい始める「思春期」以降のヴィジョンが、なぜかぽっかりと空白になってしまうのです。

恋をしたり、「友情」を築いたり、あるいは自分の才能や将来の夢について考えを巡らせたり、そんな思春期の子供たちの毎日を、自閉症スペクトラム障害の子供たちがどのように迎え、感じていくのか。それが見えてこない不安を抱えながら、とにかく幼少期の療育と支援に奔走せざるを得ない親御さんがなんと多いことか。親御さんにとっては、その先は荒野に投げ出されるかのような不安感をおぼえるに違いありません。私自身もそうでした。自閉症スペクトラム障害と診断された我が子の将来への不安ばかりが先に立ち、幼少期は「療育博士」のようになっていました。通常の幼稚園生活に加え、言語療法、作業療法、音楽療法、運動療育、そして家庭療育…。我が子も私も休む暇は全くありませんでした。ある日、我が子に「僕、疲れた。ママといるときは、もっとゆっくりしたい」「自分が『できない子』だと思うのはもう嫌」と言われたとき、「自分は一体何をやっているのだろう」と立ち止まることになりました。子どもの将来のためにはどうすることが良かったのか、私は一体我が子にどうなってもらうことを目指していたのか、その答えがまるで見えないままに子育てをすることは、本当に辛いことでした。

どんな子育てだって、正確な航海図を描き出すことは難しいですよね。それが自閉症スペクトラム障害の子どもの子育てであればなおこと。

そんな親御さんたちのたくさんの声が、この本を翻訳しようという私の気持ちを後押ししました。どちらかというと使命感に近いです。特に、暗中模索の状態で療育や支援に駆け回っている親御さんへ。ぜひ本書の翻訳出版プロジェクトをご支援ください。マーティンが最終的に「自分は自分のままでいいのだ」と受け入れることができたように、きっと読み終わった後に、「私は私のままで、我が子は我が子のままでいいのだ」と思うことができます。この読後感、ぜひ味わってみてください。思い描く未来が、いつの間にか優しい色合いに変わっていることに気づくはずです。

発起人・翻訳:林 真紀(はやし まき)
つくば未来リサーチ(翻訳者/研究者)。慶應義塾大学環境情報学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程中退。精密機器メーカー、国立大学法人の研究室にて勤務の後、独立。委託調査業務や企業翻訳の傍ら、LITALICO「発達ナビ」などで発達障害の子どもを育てる保護者向け記事を多数執筆

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