すべての女が最も望んでいることとは?
アーサー王円卓きっての忠義の騎士ガウェインがかけられた謎を解く旅
アーサー王が北方の領主たちとのいくさに勝ち、ブリテン王となって国内に平和と秩序をうちたてようとしていた頃。アーサーの抱える円卓の騎士たちは、たびたび冒険を求めては旅に出、武勲をたてることをなによりの誇りとしていた。
そのうちのひとりであるアーサー王の甥、モーゴースの息子であるガウェインは、旅のとちゅう悪天候にみまわれ、ゴーム谷に迷い込んでしまう。そこでグリムという男の屋敷に一晩身を寄せることになるのだが、グリムの計画にはめられてしまい……。
クールだけどキラキラした王子系騎士ガウェインが、
地の文で見せる素顔のギャップがたまらない!
発起人:『五月の鷹』応援団 シオンより
私がこの本と出会う切っ掛けとなったのは、とある本に書かれていた、たった63文字の紹介文でした。それは、『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか』という本に載っていた、山田攻先生による「おすすめのアーサー関連タイトル」と「その理由」についての回答※です。
アン・ローレンス『五月の鷹』
「古典を題材にしたアーサリアンポップの傑作。登場人物がみなキャラ立ちして生き生きしている。アーサー王文学の入門編としてもおすすめ」
(※岡本広毅・小宮真樹子編『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか』みずき書林、2019 執筆者たちの円卓の左ページ)
これを読んだ時、私がまず何よりも惹かれたのは、この作品のタイトルでした。五月の鷹! なんと、爽やかで心躍る響きでしょう。私は、この『五月の鷹』というタイトルの響きや、「生き生きしている」登場人物たち、そして「入門編」との言葉に心をくすぐられて、この本のことを調べ始めたのでした。
ところで、『五月の鷹』は英国の作家アン・ローレンスが、いわゆるアーサー王物語の作品を下敷きに生み出した物語ですが、実は、元となった作品からはかなり大胆なアレンジが加えられています。そのことを、この物語を翻訳された斎藤倫子先生が、本書のあとがきでまさしく言い表されていますので、ここに引用します。
「アーサー王伝説に出てくる様々な登場人物やエピソードを自由自在に操り、自分の色に染めて、いかにも楽しんで作り上げたということが手に取るようにわかります」
「作者自身が楽しんで――ほとんど遊びごころといってもいい感覚で――、書いたもののように思えてなりません。」
(※『五月の鷹』福武書店刊あとがきより)
この作品において、ガウェインに向けられた疑惑や彼の置かれた状況はかなりシビアなものですが、物語そのものの語り口が柔らかいためか、それほど重苦しさを感じません。作中にはユーモラスな場面も多く、読んでいると自然とページを手繰りたくなるような心地よさがあります。そして、この物語には多くの登場人物が出てきますが、アン・ローレンスはその伸びやかな筆致で、彼らを実に生き生きと描いています。
例えば、ガウェインとは従兄弟に当たるイウェインや、おっちょこちょいだが愛嬌のあるパーシー(パーシヴァル)、ガウェインの弟のアグラヴェイン、ガヘリス、ギャレスは、それぞれに性格も考えも全く違っており、同じことをするにもそれぞれが違うやり方で(しかも、時には思いもよらぬ方法で)やろうとします。或いは、アーサー王やグウィネヴィア王妃、ケイやべドヴィアは、それぞれの立場や事情から完全な味方にはなれないものの、言葉や態度から、ガウェインのことを本当に心から気にかけていることが窺えます。宮廷の人々や旅先で出会う人々などは、必ずしもガウェインの味方になってくれるわけではありませんが、ガウェインの旅する世界に精彩を与え、豊かなものとしています。誰しもが、ガウェインの旅を導いてくれる存在でもあるのです。
そして、それから更にもう一つ。この作品を語る上で、何をおいても外せないポイントがあります。それは、この作品にはガウェインの魅力がたっぷりとつまっているということです。その魅力を全て語り尽くすには、いくら紙幅があっても足りません。それでも敢えて、私の思いを表現すると、こんな風になります。
「クール系だけどキラキラした王子系騎士ガウェインが、地の文で見せる素顔のギャップがたまらない!」
作中で語られる、世間でのガウェインの評判は「勇敢で、思いやりがあり、礼儀正しい」というもので、そして実際、彼はそのような人物として描かれています。また、ガウェインは結婚観も含めてかなりクールな考え方を持っていて、自分が女性からたびたびアプローチを受けることに関しても、自分がアーサー王の甥だからだと信じて疑いません(実際は、それだけではないと思うのですが…)。不思議と鷹揚なところがあるのに、それでいて、周りの人々のことにはよく注意を払っているように見えます。他人の苦境には手を差し伸べたり、誓ったことは自分がどれほど困ることになっても守り抜きます。これらは、誰が見ても「騎士のかがみ」とされるに相応しい振る舞いです。
しかし、この作品で面白いのは、外から見ただけでは分からないガウェインの素顔が、会話以外の部分、いわゆる「地の文」にも、さり気なく織り込まれているということなのです。例えば、一人きりの部屋で、鎖かたびらを脱いだ解放感を味わおうと部屋の中を歩き回ったり。誰かと話している間にも、内心では、疲れているから早く暖炉の前に行きたいと思っていたり。そこには、ガウェインが巧みな言葉や微笑みで隠してしまいがちな本心が、非の打ちどころのない騎士としての振る舞いと地続きに表れています。そのギャップが、この作品のガウェインの人間的な魅力をより一層高めているように、私には思えるのです。
『五月の鷹』は、子供から大人まで楽しめて、大切な宝物として本棚にしまわれていたり、ずっと心に残る一冊となるような、たくさんの魅力が詰まった物語です。現在、この作品は邦訳も原書もともに絶版になっています。邦訳の出版元であった福武書店は20年近く前に事業撤退しており、原作者のアン・ローレンスも故人であるなど、これまでは、復刊を望む声を届けることそのものが難しい状況にありました。最近になって関心を持った人にとって、この作品は、中古品でさえ希少で滅多にお目にかかれないばかりか、プレミアが付いて価格が高騰するなど、なかなか手の届かない本になってしまっているのが現状です。
発起人として、復刊を心待ちにしていた方にこの本を届けることは勿論、この企画が、誰かにとって『五月の鷹』と(そして、アーサー王の世界と)出会う切っ掛けとなることを、心から願っています。
どうか、この若きガウェインの素晴らしい旅が、多くの人のもとへと届きますように!