日本時代と現代、二つの時代を描く
台湾発 至上の百合漫画
書名: 綺譚花物語
作画:星期一回収日
原作:楊双子
翻訳:黒木夏兒
仕様:並製本/A5判/242ページ
発行年:2022年10月
ジャンル:外国文学・コミック
ISBN:978-4-909125-37-8

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かみさまどうか

思い出させないで

先輩にあの鳥鳴盒(シンギングバード)の

約束のことを

永遠に…

作画:星期一回収日(シーチーシイーフイショウリー)
台南人。一杯のブラックコーヒーが毎日欠かせないプロの漫画家兼イラストレーター。これまでの出版作品はオリジナル漫画『九命人―溺光』『粉紅緞帶』、ドラマ『戀愛沙塵暴』コミカライズ版。2015年に東立出版少年漫画部門金賞及びバハームトAGC大賞漫画部門銅賞を受賞してデビュー。2019年には『粉紅緞帶』が第10回金漫獎で年度年度漫画大賞と少女漫画賞を受賞。

原作:楊双子(ようふたご)
台湾の小説家であり、大衆文学とサブカルチャーの研究者。「楊双子」は双子の姉妹「楊若慈」「楊若暉」の共同ペンネーム。これまでの出版作品は『撈月之人』『花開時節』『花開少女華麗島』『臺灣漫遊錄』及びアンソロジー『華麗島軼聞:鍵』。

翻訳:黒木夏兒(くろきなつこ)
台湾BL小説『ロスト・コントロール~虚無仮説~』で翻訳デビュー後、『示見の眼』シリーズ、映画『太陽の子』、漫画『北城百畫帖~カフェーヒャッガドウ~』『書店本事』(共訳)、『TAIWAN FACE』(共訳)など台湾作品の翻訳を手掛ける。最新翻訳作品は『緑の牢獄 沖縄西表炭坑に眠る台湾の記憶』を翻訳。映画「緑の牢獄」及び、映画『緑の牢獄』。翻訳待機作品は台湾漫画『友繪の小梅屋備忘録(仮)』と『蘭人異聞録』
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Facebook:プロジェクト・たいわにっく

台中市を舞台にした台湾発の百合漫画

 昭和11年。「高等女学校」「日本への進学」「職業婦人」といった「新しい未来」が少女たちの前に輝かしく提示され、それでもその未来への扉を開くか否かの選択は決して少女たちの自由意思にはゆだねられていなかった時代。

第一作「地上にて永遠に」
台中女学校に通う詠恩(インウン)と英子(えいこ)。仲の良い先輩後輩である二人だが、卒業後に二人を待つ未来はいずれも結婚であり、詠恩の卒業後は再び会えるかどうかもわからない。そんな二人の再会は、予想外の形で叶えられることに。

第二作「乙女の祈り」
同じく台中女学校の同級生である日本人の茉莉(まり)と台湾人の荷舟(かしゅう)。荷舟は卒業後も補習科に一年通い教師を目指す予定だったが、茉莉を待つ未来は東京での結婚だった。荷舟との別離を拒む茉莉は、とある禁忌に手を伸ばす。

第三作「小夜啼き鳥」
台中市内の林家の屋敷で「奥様」として優雅に暮らす若き妾の蘭鶯(ランイン)と、跡取りの「お嬢様」である女流詩人の雁聲(ガンシン)。かつて台中女学校を受験し合格していながらも籠の鳥となる未来しか許されなかった蘭鶯は、一つの決意を胸に秘めていた。

第四作「夢の通い路」
そして時は経ち、現代の台中。「21世紀の自由な台湾」で、昭和11年には到底考えられなかった人生を送っている二人の女性、大学院生の蜜容(ミーロン)と小説家志望の阿貓(アーマオ)。だが、彼女達は本当に「自由」なのだろうか? 昭和11年の鳥籠は、形を変えて二人を捕えてはいないのだろうか?


〈台湾漫画について〉
日本時代を通じて台湾でも定着しつつあった漫画文化も、戒厳令下に於いてはその表現に厳しい制約を受ける。このため台湾では海賊版という形で流れ込み非公式に販売された日本漫画が非常に人気を博し、エロ、グロなどの要素も含めて漫画家たちに大きな影響を与えた。現在でも日本式の漫画文法は、アメコミスタイル、バンドデシネスタイルと並んで台湾漫画に於ける主流な文法の一つになっている。特に少女漫画に於いてはキャラクターデザインなども含め日本漫画の影響が大きい。


片恋が片恋のまま潰えてしまう前に届けたい

発起人・翻訳:黒木夏兒より

 2019年夏、偶然入手したCCC創作集で、第二話「昨夜閑潭夢落花」の後編を目にした瞬間から、この作品を訳したくてたまらなくなった。
 昭和十一年の台中女学校、クラス内では少数派である本島人(台湾人)の荷舟、そして内地人(日本人)の茉莉。「今なら、簡単にあの角を折り取れる」。願い事を叶える力を持つ水鹿の角を前に、熱に浮かされたように口走る茉莉の、押し殺したような興奮と、怯え。角を折り取る決定的な瞬間は描かれず、次のページでは既に角は折り取られ、それを抱えて逃げ出す茉莉が描かれている。

 本島人である荷舟は水鹿の復讐を恐れて躊躇い、角を返すよう茉莉を促すが、茉莉はそれを拒む。
「遠くに行こう。誰にも私たちを見つけられない遠い場所に」。水鹿の角を抱えてそう告げる茉莉の陶然とした表情は、荷舟に対し茉莉が抱いている恋心を余すところなく読者に伝えてくる。そしてそれと同時にその「恋」が――水鹿という他者を巻き込み傷つけ、そしてそれによってしか成就せず、加えて茉莉本人の身も水鹿の呪いによってむしばまれていくその「恋」が――まるで台湾に対する私自身の気持ちをも反映しているようで、ぞくりとしたものを感じずにはいられない。

 それでも呪いを受けながら「私は幸せなの」と茉莉は口にする。しかしその幸せは「荷舟の傍にいられることが約束された」ことに由来しているのだと、それが荷舟に対し明言されることはない。言わなくてもそれは荷舟に伝わっているのだと、そのように私たち読者も誤解している。あの、茉莉がうっとりと口にした言葉があるからだ。
 だからこそ、茉莉が最後に突き落とされる絶望は、私たち読者自身にも、絶望的なやるせないなにかとして突きつけられる。

 著者は二人とも台湾人であり、そこまで想定してこの物語を誕生させたのかはわからない。それでもこの物語は、ひょっとすると著者自身も意図しないところで、そもそも存在からして想定すらしていなかったかも知れない一日本人の読者である私に「自分事」の物語として衝撃を与え、他の日本人にもこの衝撃を味わってほしいと思うに至らせた。

 日本と台湾の間にある歴史、そして今に至るまでの相互の関係を一言で言い表せる言葉は「片恋」だと私は思っている。
 台湾という土地を自分達の都合のいいように、さまざまに理想化してきた、個々の日本人からの台湾へのどこか自己陶酔的な勝手な「片恋」。そして台湾から日本への「片恋」。
 「綺譚花物語」を貫く恋の形もやはり「片恋」だ。

 だからこそ、この「片恋」を描いた物語を、今、私は日本に届けたい。私たち日本人がしている「茉莉の恋」に気付く日本人がどこかに他にもいるのではないかと、この問いを放ってみたい。そして一人でも多くの日本人にこの衝撃を「自分事」として味わってほしい。
 双方の片恋が片恋のまま潰えてしまう前に。



〈サウザンコミックスについて〉
サウザンコミックスは、世界のマンガを翻訳出版するサウザンブックス社のレーベル。第1弾のダヴィッド・プリュドム『レベティコ―雑草の歌』は、2019年11月から2020年2月にかけてクラウドファンディングを行い、2020年秋に翻訳出版されました。2020年11月末から2021年2月にかけてクラウドファンディングを行った第2弾MK・サーウィック『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』も無事成立し、出版準備中です。北米のコミックス、フランス語圏のバンド・デシネを始め、アジア、アフリカ、南米、ヨーロッパ……と世界には魅力的なマンガがまだまだたくさんあります。このレーベルでは世界の豊かなマンガをどんどん出版していきます。