この書籍は、Service Design Research UK という、イギリスのサービスデザインに関する最先端の研究を行っているワーキンググループの論文を編纂したものです。
日本においては「サービスデザイン」という言葉自体、まだあまり馴染みがない話ですが、グローバルには、特に欧州において、デザイン実践活動の中でもっとも注目されている領域の一つです。
サービスデザインとは、あくまで個人的な見解ですが、端的に言えば「巻き込むデザイン」と言えるのではないかと考えています。デザイナーのクリエイティビティを、グラフィックやユーザーインターフェースを作るだけでなく、たとえばワークショップにおける新しいアイデアの創出や、組織や地域の複数の利害関係を持つステークホルダー間の合意形成に活用し、複雑なシステムの関係性を適切に機能させていくことを目指しています。
たとえば本書の発刊された英国では、行政や自治体などの公共領域での市民参加型の政策立案や、企業組織でのイノベーション文化の開発、オリンピックでのサービス運営設計など、多岐に渡る領域でサービスデザインが活用されています。日本でも、近年は公共、企業問わずさまざまなプロジェクトのご相談を頂く機会が増えてきており、注目や関心が高まっていることを感じます。
サービスデザインが注目されるようになったのは比較的最近のことで、2003年にグローバルなサービスデザインの普及啓蒙の組織、Service Desgin Network(以下SDN)がドイツ、ベルリンにおいて発足し、2008年からは世界各国から実践者、研究者のあつまる国際カンファレンスが毎年開催されています。2016年からはSDNによる Service Design Award というベスト・プラクティスの表彰が行われるようになりました。これらの活動に伴い研究論文や実践事例などの数は年々増加しているものの、まだまだサンプルは少なく、発展途上の領域と言えます。
日本においてもサービスデザインの適用ポテンシャルは非常に高いと考えられますが、言語の壁もあり、その最新事例研究に触れる機会は少ないのが現状です。私自身、デザイン会社としてサービスデザイナーとして活動していますが、常に新しい課題に直面し、ベストプラクティスを知りたいと常に考えています。本書はそれに応えるものであり、また、さらにその先を行くものと考えています。
本書で扱っているテーマは下記のようなものです。
・デザインの取り扱う対象となる領域の拡張
・デザイン思考が広まる中でのこれからデザイナーの価値
・国や地域をまたいだような複雑なサービス・エコシステムのためのデザイン
・サービスデザイン領域への戦略コンサルティング会社の進出
・サービスデザインと他学問領域(社会学、生物学、テクノロジー…etc)のインタラクション
・参加型デザインの限界をいかに超えるか
・ヘルスケアセクターにおけるサービスデザイン
・パブリックスペースのサービスデザイン
・貧困地域におけるサービスデザイン
・政策立案におけるサービスデザイン
・IoT、AI、自動運転など新たなマーケットにおけるサービスデザイン
・セカンドエコノミー時代に向けたサービスデザイン
・サービスデザインとビッグデータ
・コモン(共用)スペースにおいてのサービスデザイン
・新しい社会状況において変化する倫理とサービスデザイン
これらは、サービスデザインという領域自体の定義を問い直し、新たなフロンティアへの拡張を目指すものであり、単に最新事例の紹介という内容にとどまりません。
さて、具体的に扱う内容に関して、以下で紹介していきます。本書は、全体で4つのセクション+イントロダクション/コンクルージョンから構成されています
イントロダクション
サービスデザイン領域全体に関する現在の状況を概観し、本書で取り扱うテーマと構成について簡潔に紹介しています。
セクション1: The lay of the land in the designing for service(サービスのデザインという取り組みの情勢)
セクション1は、様々なサービスや組織において、どのようにサービスデザインが捉えられているか、についての概観から始まります。それを越えて、複数のアクター、異なるプラットフォーム、異なった複数のタイムゾーンの関わる複雑な相互独立のサービスシステムを開発するためのデザイン実践についての考察、さらに、このような複雑で戦略的な視座を必要とするサービスデザイナーに求められる能力開発、また、同様の領域に対してエスタブリッシュな戦略コンサルタントが進出してきている状況に対しての考察を行います。
セクション2:Contemporary discourses and influence in designing for service(サービスのためのデザインの今日的言説と影響)
サービスデザインは比較的新しい領域であるため、他の学術領域との接続においてエビデンスが少なく、多くの課題があります。そこで、本セクションでは、例えばシェアリングエコノミーの旗手であるAirBnBを取り上げ、ほかの学術領域(クリエイティブデザイン/テクノロジー/ビジネスマネジメント/社会科学/人類学)の観点を通してサービスを分解します。また、サービス開発の実践の観点からサービスデザインの原則である共創型/参加型デザインの制約と課題について分析を行います。
セクション3:Designing for Service in Public and Social Spaces (公共社会空間におけるサービスのためのデザイン )
セクション3では、ソーシャル・イノベーションという領域におけるサービスデザインの貢献とその役割について述べています。ボランティアコミュニティなど特殊な領域におけるサービスデザインの適用において、社会的/文化的な障壁をどう取り扱っていくか、であったり、低所得地域におけるサービスデザインはどのような課題があるか、その地域の文化的社会的特異性をどのように理解しデザインしていくか、社会倫理的な側面をどう取扱うか、など、メキシコ、ブラジル、ドイツ、オーストラリア、英国など様々な地域での多様なケーススタディを交えて紹介しています。
セクション4:Designing for Service, Shifting Economies, Emerging Markets (シフトする経済、新たなマーケットにおけるサービスのためのデザイン)
セクション4ではサービスデザインの領域における、世の中の変化により発生した新たなコンテクストと課題について取り上げます。たとえば、製造業がサービス化することによる事業サステナビリティ上の新たな視点や、自動運転車などのサービスシステムにおける迅速な技術の採用と適用によるデジタルワークフォースの必要性の増大、ビッグデータの生成と組織と個人への影響、共創的サービスをデザインすることに関わる挑戦など、これら新しい変化と、それにより生じるデザイン的なチャレンジについてケースを交えて議論していきます。
私がこの本で気に入っている点は、洞察に満ちた報告が常にそうであるように、デザインが変化する際に見られる混乱や複雑さのニュアンスに注目しているところです。盲目的に「よりよい」経験をデザインすることへの期待しがちな傾向や、原因と結果を求め、融通が利かない手法への注意、その上、進行中に新しく現れ、変化する複数の物事とプロセスに立ち向かい取り組み会う姿勢。これらを学ぶことにより、私たちは、すでにダイナミックで激しく変化し続けている世界に、より注意深さをもって参加することができるのです。– 赤間 陽子(RMIT大学デザイン研究者、准教授)
全文はこちらからご覧ください:「赤間陽子RMIT大学准教授から応援コメントをいただきました」
本書で扱われているような課題やテーマは、これから先にマーケティングや事業開発の基本リテラシーになり得るような内容を含んでいる。より複雑化するサービスエコシステムや新たに生まれ来る社会課題に対応していくために、日本においても、デザインに関わる人だけでなく、広く多くの人達に読まれ、未来に向けたインサイトを与えるものになることを期待したい。 – 長谷川 敦士(サービスデザインネットワーク日本支部共同代表、株式会社コンセント代表取締役)
全文はこちらからご覧ください:「サービスデザインネットワーク日本支部共同代表 長谷川 敦士さんより応援メッセージをいただきました」
本書について:
サービスデザインはサービス提供者と顧客の間の関係性と体験品質をより良いものとするために、人、インフラ、コミュニケーションとモノといったサービスを構成する要素を組織・設計する活動である。本書『Designing for Services』は、学術的にも実践的にも発展著しいこの領域の実践者やリサーチャーにとっての主要イシュー(たとえば倫理やアイデンティティ、アカウンタビリティなど)を定義し、全体観を描き出すため、グローバルな協力体制によって編纂された。また近年のサービスデザインの領域においては手法的な議論が多くを占める状況だが、本書はこれを越えて、サービスデザインを発展させる、批評的な議論のための問題提起を目指し、各章ではサービスデザインの実践や、デザイナーの直面する倫理的な課題、そして現代のデジタル技術によって開かれる新しいデザインの展望、といったテーマを考察している。
有識者によるレビュー:(– Bloomsbury Publishing より –)
「商業・公共セクターのサービスデザインへの関心は飛躍的に高まっている現在、この本は他にないとてもタイムリーな内容を含んでいる。サービスデザインアプローチのインパクトへの理解が進み、世界各地においてさまざまな形態のサービスデザイン実践が行われているが、Daniela とAlisonの2名はこのサービスデザインの発展の中心にいる研究実践者だ。この本では彼らの観点が惜しげなく共有され、また、多くの協力者によるインサイトを基にした明確なフレームワークが提示されている。」 – Tom Inns, Director of Glasgow School of Art, UK
「サービスデザインの分野の成長と流行に伴い、いかに様々な課題領域へのサービスデザインの介入が行われているか、それらはどう我々の生活を変えていくのかといったことについて、より多くの研究者が、より難しい問いに応える必要に迫られています。本書 『Designing for Services』では、芳醇な洞察に満ちた魅力的かつ批評的な論文を結集し、サービスデザインにおける顕著な問題、および、他のハウツー的な本ではほとんど扱っていないような捉え所のない難しいテーマについて議論しています。」– Yoko Akama, Associate Professor of Design at RMIT University, Australia
監訳:赤羽 太郎(あかばね たろう)
国際基督教大学人文科学科卒。
株式会社コンセント サービスデザインチーム責任者。シニアサービスデザイナー。コンセントにおけるサービスデザインチームの立ち上げを行い、顧客視点での新規サービス事業開発や体験デザイン、またそれを生み出す組織やプロセスを作るデザイン活動に従事し、プロジェクトリードを務める。また、サービスデザインの普及啓蒙を目指す国際組織 Service Design Networkの日本事務局運営者でもある。
UX やサービスデザイン関連セミナー登壇や国内外でのService Design Networkの活動のほか、NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-net) のUX関連書籍の翻訳チームに参加しており、共訳書に『サービスデザイン ユーザーエクスペリエンスから事業戦略をデザインする』『SF で学ぶインターフェースデザイン アイデアと想像力を鍛えあげるための 141 のレッスン』(ともに丸善出版)など。 HCD-net 認定 人間中心設計専門家。
<主なプロジェクト歴>
電機メーカー:新規サービス事業の提供価値開発〜実装〜プロモーションまでの一貫支援
電機メーカー:ユーザー中心設計を実現する組織体制とプロセスの検討プロジェクト
エネルギー会社:サービス価値探索&リフレーミングプロジェクト
オンラインサービス企業:新規事業創発チームの支援プロジェクト