50才の建築科教授が生まれ変わるための旅に出る
グラフィックノベル史に燦然と輝く傑作
原著の情報
書名: Asterios Polyp
著者: David Mazzucchelli
発行国: アメリカ
言語: 英語
発行年: 2009年
ジャンル: 外国文学/グラフィックノベル
ISBN:978-0-307377-32-6
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世界とは自我を拡張したものにすぎないのだろうか。

それとも、本当の意味において人は誰かとわかりあえるのだろうか。

もしそうだとすれば、それって素敵なことじゃないだろうか。

David Mazzucchelli (デイヴィッド・マッズケリ)
デイヴィッド・マッズケリは、1960年生まれのマンハッタン在住のコミックアーティスト。1980年代からフランク・ミラーと共同制作を行い、マーヴェルコミックの『デアデビル: ボーンアゲイン』やDCコミックの『バットマン: イヤーワン』で大きく評価される。1990年代になると、ヒーローコミックから距離を置いて個人的な創作に打ち込み、妻のリッチモンド・ルイスと共にコミックアンソロジー『ラバー・ブランケット』を編集・出版する。1994年には、日本でも人気のある小説家ポール・オースタ―の『ガラスの街』をグラフィックノベル化し、新境地を開拓する。そして、約10年の歳月を費やしたオリジナル長編グラフィックノベル『アステリオス・ポリプ』で、アイズナー賞3部門とハーヴェイ賞3部門を含めた多くの賞を受けた。
『デアデビル: ボーンアゲイン』(秋友克也訳、ヴィレッジブックス、2011年)
『バットマン:イヤーワン/イヤーツー』(秋友克也・石川祐人訳、ヴィレッジブックス、2009年)
『シティ・オブ・グラス(原題:ガラスの街)』(森田由美子訳、講談社、1995年)

別れた妻を思うニューヨークの建築科教授が
偶然たどり着いた町で新しい自分に変わっていくグラフィックノベル

 50代の建築学科教授アステリオス・ポリプは、妻と別れてからというもの、マンハッタンのアパートで一人無気力な生活を送っていた。ある日アパートに雷が落ちて燃え上がり、彼はわずかな所持金といくつかの思い出の品だけを手にアパートを飛び出す。そして、彼はそのままバスに乗り、「最果ての地」を意味する町アポジーに辿り着き、住み込みの自動車整備工として働くことになる。大学勤めのエリートだった彼は、これまで出会うことがなかった種類の人々と交友関係を築き、これまで見過ごしたり軽視してきたものに触れるうちに、自身の半生を見つめ直して生まれ変わっていく。過去と向き合って別人のようになったアステリオスはやがて、ある大きな決意をする…。

 この作品では、ある男が50年の半生を振り返って別の人生のあり方を探求するという個人的なテーマの裏に、20世紀後半のアメリカの歩みが何を間違った結果9.11同時多発テロに至ったのかという壮大なテーマがパラレルで進行する。物語冒頭でアステリオスが住むアパートに雷が落ちて火災が発生するが、このアパートはツインタワーを模しており、さらに、黄色ベースで描かれる過去や夢の中の場面では何の説明もなく飛行機が小さく飛んでいることが多く、ツインタワーと飛行機のイメージが繰り返し登場する。20世紀後半のアメリカの歩みにおいて、経済格差は拡大し、環境は破壊され、マイノリティ民族は不満を持ち続けてきたのだと、アステリオスはアポジーの町の個性的な人々との出会いを通して気づかされる。ここにおいて、一人の男がこれまで見過ごしてきた事物との出会いを経て失った妻との関係をやり直せるかどうかというテーマは、アメリカが見過ごしてきたものを直視することによって「有りえたかもしれぬもう一つのアメリカ」を創出できるかというテーマと対を為すことになる。

 『アステリオス・ポリプ』は、オルフェウス神話や『オデュッセイア』を下敷きにしたストーリーラインや、次々に登場する個性的なキャラクターたちも大きな魅力だが、グラフィックデザインもまた特筆すべき要素である。例えば、モダニズム建築(ガラス・鉄・コンクリートを用い、柔軟かつ洗練された機能美を持つ建築様式)をこよなく愛する主人公アステリオスの体は、モダニズム建築を体現するかのようなデザインで描かれ、その妻で、植物や生物をモチーフとして使用するアーティストのハナは、有機的で繊維質のデザインで描かれる。異なるキャラクターが異なる質感で描き分けられ、彼らが打ち解けたり喧嘩したりして関係性が変化する際に体の質感ごと変化していく描写は、グラフィックノベルならではの表現の可能性を存分に引き出している。

 

 



【グラフィックノベルについて】
 グラフィックノベルという語の定義は常に変化し続けており、近年では単行本形式のコミックスを全般的にグラフィックノベルと呼ぶ用例もあるが、ジャン・ベテンズ (Jan Baetens) とヒューゴ・フレイ (Hugo Frey) による『グラフィックノベル入門 (The Graphic Novel: An Introduction)』(2015年、未邦訳)では、形式・内容・出版形態・プロダクションの4つの観点から説明を試みている。

 形式面では、1945年頃から次第にアメリカで大人向けのコミックスがアンダーグラウンドな実験的コミックスやポップアートなどの要素を取り込んで進化を続け、1960年代後半から1970年代になると、それまでのコミックスの慣習からの逸脱を意識した作品が出てきた。実験的レイアウトが用いられ、語りの抽象性が増し、語り手の役割を意識的かつ効果的に用いる作品が登場した。内容面では、子供向けのスーパーヒーロー・コミックスとの差異化が図られ、ジャーナリズムや歴史記述を扱う作品や自伝的作品が出てきた。出版形態は、サイズやカバーやページ数や単行本形式などの点においてコミックスよりも小説の形態に近いが、シリーズ化されることも少なくないので一概には語れない。プロダクションについては、大手コミックス企業も重要な貢献を果たしているが、その勃興から小規模独立系出版社が大きな役割を担っており、現在ではシアトルのFantagraphicsやモントリオールのDrawn & Quarterlyがその代表例である。グラフィックノベル黎明期の代表作として言及されやすいのは、ウィル・アイズナーの『神との契約』(1978年)や、1980年代に「ビッグスリー(御三家)」として大きく評価されたアラン・ムーアの『ウォッチメン』、アート・スピーゲルマンの『マウス』、フランク・ミラーの『バットマン:ダークナイト・リターンズ』などであるが、そこから遡って、グラフィックノベル以前のグラフィックノベル的なものとして、1950年に「ピクチャーノベル」と銘打たれたドレイク&ウォーラーの『イット・ライムズ・ウィズ・ラスト』や、1920~30年代の「ウッドカットノベル」に言及されることもある。

 ベテンズとフレイが整理した上記のグラフィックノベル史とは別に、21世紀に入ってから起こったグラフィックノベル・ブームがある。こちらの文脈については、夏目房之介『マンガ学への挑戦』(2004年)や小田切博『戦争はいかに「マンガ」を変えるか──アメリカンコミックスの変貌』(2007年)が論じるように、バラバラに存在していたアメリカのコミックスの境界領域が1980年代以降に流動的に混ざり合い、その結果として生じた中間的なコミックスをアメリカ社会の中間層が購入する市場が拡大したことを受けて用いられる呼称である。この場合は、子ども向けのコミックスであってもグラフィックノベルと呼ばれる。


長い歳月をかけて練り上げられた至高のグラフィックノベルが
より広く読まれるために

発起人:矢倉喬士より


 『アステリオス・ポリプ』との出会いは10年以上前に遡る。大学院生としてアメリカ文学を研究する傍ら、将来的に英語文学の授業を受け持つことになったときにテキストとして使えそうな作品を探していたときのことだった。アート・スピーゲルマン、マルジャン・サトラピ、チャールズ・バーンズ、ジョー・サッコ、アリソン・ベクダル、クリス・ウェア、クレイグ・トンプソンらの作品を読み進めるなかで、群を抜いて強い感銘を受けたのがデイヴィッド・マッズケリ氏の作品だった。

 まず面白いと感じたのは、キャラクターごとに物事の見方や人生観が異なるという内容を表現するにあたって、キャラクターを異なる色や質感で描き分けるのみならず、関係性の変化に応じてその質感が変化していくように描かれている点であった。キャラクターが仲良くなるにつれて、また、仲が悪くなるにつれて、キャラクターの色や質感が変化していく描写は新鮮で、人は理解し合えるかというテーマを扱うにも適している。さらに、概念を視覚化する試みも印象的だ。例えば、主人公アステリオスが作曲家のカルヴィンと出会う場面では、「ポリフォニー」や「不協和音」を可視化しようと試みており、グラフィックノベルの表現の豊かさを感じられる。

 言葉の使い方にも、随分と趣向を凝らしてある。全てのキャラクターのセリフについて、吹き出しの形・字体・喋り方のクセが個別に考えられており、それらを使って物語に重要な展開が生まれることもある。「このセリフはこの字体で書かれているからあの人物の発言だな」とわかると面白みが増える場面もあり、そうした遊びや仕掛けが好きな読者にとって楽しい読書になるだろう。

 そして、『アステリオス・ポリプ』は、一人で読むよりも複数人で読む方が面白い。この作品には、神話、建築学、文学、美術、哲学、歴史、音楽、宗教など、様々な分野の情報がふんだんに盛り込まれており、異なる人生を送ってきた人々が集まって意見を交換しながら読むと、よりいっそう理解を深めることができる。実際、これまでに異なる分野の知識を持つ人々と読書会を開催してみると、その度に思いもよらない発見があった。異なる人々による相互理解は可能かと問うこのグラフィックノベル自体が、読者たちの相互理解の受け皿になり、まるで複数の人生が集う待合室を訪れるような経験を与えてくれるのだ。

 数々の賞を受け、グラフィックノベル史に燦然と輝く傑作としての評価を受けながらも、『アステリオス・ポリプ』は主に印刷費の高さがネックとなって邦訳が出ないまま13年の月日が流れた。クラウドファンディングという形式でなければ出版の見込みは薄いだろう。面白く、価値があるにもかかわらず、何らかの理由で出版されなかった書籍を出版してきたサウザンブックスのクラウドファンディングを通して、稀代の名作『アステリオス・ポリプ』を日本語でも読めるようにするために、皆さまのご協力をよろしくお願いします。


〈サウザンコミックスについて〉
サウザンコミックスは、世界のマンガを翻訳出版するサウザンブックス社のレーベル。北米のコミックス、フランス語圏のバンド・デシネを始め、アジア、アフリカ、南米、ヨーロッパ……と世界には魅力的なマンガがまだまだたくさんあります。このレーベルでは世界の豊かなマンガをどんどん出版していきます。

発起人・翻訳:矢倉喬士(やぐらたかし)
西南学院大学で現代アメリカ文学を研究。小説家ドン・デリーロの作品を扱った博士論文を執筆後、小説、映画、グラフィックノベル、Netflixドラマ、ビデオゲームなどを対象に現代アメリカを多角的に考察している。共著に『現代アメリカ文学ポップコーン大盛』(2020年)、共訳にタナハシ・コーツ『僕の大統領は黒人だった』(2020年)。漫画については、兄が買ってきた少年漫画誌を拝借し、妹が買ってきた少女漫画誌を拝借することによって、様々な漫画に触れることができた。特に好きなのは、荒木飛呂彦、岩明均、羽海野チカ、浦沢直樹、高橋留美子、手塚治虫、冨樫義博諸氏の作品。



翻訳:はせがわ なお
読書(ときどき映画)ブログ「#わたしだけのブッククラブ」のひと。未邦訳の洋書や海外文学を読んだりしている会社員。本書「アステリオス・ポリプ」がきっかけで海外グラフィックノベルも読んでいる。Maia Kobabe ”Gender Queer”、Adrian Tomine “Shortcomings”、和山やま「女の園の星」が最近のお気に入り。