昼は建築科の学生、夜はエスコートガール
19歳のラファエルが抱える多感な内面を繊細に描く
原書の情報
書名:Sibylline, chroniques d'une escort girl(シビリーヌ あるエスコートガールの物語)
作:Sixtine Dano(シクスティーヌ・ダノ)
発行国・地域:フランス
言語:フランス語
発行年:2025年
ジャンル:外国文学/コミック
ISBN:978-2-344-06004-9
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「この前ね、あるサイトを見つけたの…
プロフィールに“私は生活が苦しい女子大生です”って書くと
デートするだけでお金を払ってくれる男が大勢見つかるんだって」

「あんた、そんなことできるの?」

「案外、できる気がする」

Sixtine Dano(シクスティーヌ・ダノ)
2018年にフランスの名門ゴブラン映像学校(Gobelins l’école de l’image)でアニメーションの修士号を取得した後、映画監督やアニメーター、児童書のイラストレーターとして活動している。アニメーションの講師も務める。
共同監督を務めた卒業制作の短編アニメーション『Thermostat 6』は、環境問題をテーマとしたエコフィクションで、多くの映画祭で上映された。複数の環境保護団体に所属している気候活動家として、また、社会や環境問題に取り組むアーティスト集団の一員としても活躍。
2025年にグレナ社から刊行された本書で鮮烈なバンド・デシネ作家デビュー。多くの影響力のあるバンド・デシネの賞に選出・受賞を果たし、メディアでも広く紹介された。中でも、フランス・ランスで毎年開催されている「ポップ・ウーマン・フェスティバル」に選出されたことで、現代フェミニズム的な視点を持つ重要作品として注目を集めている。

建築を学ぶためにパリに出てきた19歳のラファエル。
同級生たちは知らない、彼女は夜になると、“シビリーヌ”になることを…

憧れのパリに引っ越してきたものの、家賃や高い物価、課題の製作に必要な資材費用等で出費がかさみ、自由に使えるお金はない。親の支援は受けたくないという意思のもと始めたアルバイト先のバーで出会ったジュリアンといい仲になるも、優しいけれど恋愛にがっつかないタイプの彼と過ごす日々はどこか満たされない毎日。

SNS上で出会った中年建築家と何の気なしにダイレクトメッセージを交わした際、「100€を出すから会いたい」と誘われたラファエルだったが、さすがに驚きを隠せない様子。しかし数日後、ひょんなことからこの誘いを受けてしまう。会員制のバーで待ち合わせ、そのままホテルの部屋に流れ込む。事が終わり、ひとり部屋に残されたラファエルは、行為の代償として受け取った数枚の紙幣と共にベッドの上に寝そべった。恍惚の笑みを浮かべながら。

この成功体験が、ラファエルをさらに深い夜の世界に引きずり込む。独身者専用のマッチングサイト「シュガーベイビー(Sugar Baby)」に、古代ギリシアの「巫女(シビュラ)」に由来する“シビリーヌ”というニックネームで登録することに。この日を境に、エスコートガールとしての覚悟を決めて夜のパリに繰り出していくが……

“シビリーヌ、24歳。パリ在住
学生。芸術が好き。オープンで自然体、好奇心旺盛。楽しみながら学費を稼ぎたい。大人のルールを守ったアバンチュールを求めています”
(シュガーベイビー プロフィール)














【バンド・デシネにおける女性作家について】
フランス語圏のマンガ“バンド・デシネ”において、近年女性作家の活躍がめざましい。かつてバンド・デシネは男社会だと言われたこともあったが、EGBD〈仏バンド・デシネ全国総会〉の調査では、女性作家の割合が2015年には約27%だったのに対し(なお、同年のACBD〈バンド・デシネ批評家ジャーナリスト協会〉の調査では12.4%)、2025年には約37%に増加している。近年ではそうした女性作家たちが「女性の生き方」や「身体」、「家族関係」、「妊娠・出産・子育て」「ハラスメント」、「メンタルヘルス」、「LGBTQ+」といった個人的かつ社会的な問題を扱い、バンド・デシネの世界はますます豊かな広がりを見せている。『ペルセポリス』のマルジャン・サトラピや『キュロテ』のペネロープ・バジューなどは日本でも知られているが、他にも優れた作家が次々と登場している。




被害者として描くのでも、価値観や教訓を押しつけるのでもなく、
1人の女性の生きる姿を淡々と描いている

発起人・翻訳:上原めぐみより

2026年頭、フランスのインフルエンサーがSNS上で紹介していたことがきっかけで本書を知り、何となく購入。それがとんでもない出会いでした。あっという間に読了。良質なバンド・デシネ(以下BD)は映像化される傾向にありますが、この作品は私の脳内で完全に映画化されました。マンガの読後感とは一風異なる、どこか視覚的かつ没入感のある満足感。個人的でありながら社会的。すっかり心奪われました。

なぜこんなにも本書に惹かれたのか。それは物語の“リアリティ”です。主人公ラファエルは、特に大きなきっかけや目的がない状態で、ただ何となく、無防備のまま、SNSで見つけた中年男性に接触を図ります。その行動は、決して彼女個人だけの問題として片づけられるものではありません。“女は男を惹きつける生き物だ“という社会に根強く残る価値観や、それを助長するような広告やビジネス、さらには気軽に利用できる出会い系サイトやSNSの存在が、何となく日常を漂っていた彼女を夜の世界へと引き寄せていくのです。こういった実情は、日本社会にも通じるものであり、本作が描く物語の普遍性を浮かび上がらせています。

若さゆえの大胆不敵な行動や、刺激を求める感覚。自らの力で金銭的余裕を手にした高揚感。男性に求められる存在になったことで実感する、女性としての価値。一方、その価値がいずれ失われる若さや美と結び付けられていることへの不安や葛藤。19歳のラファエルが抱える多感な内面が繊細に描かれ、ページをめくるたびに胸を締めつけられるような共感を覚えました。読んでいる最中、「ラファエルは昔の私だ」と何度も思いました。

男と女、需要と供給、支配する側とされる側、自己愛と自己嫌悪……。こうした相反する価値観のはざまで複雑に揺れ動きながら、自らの価値やアイデンティティを模索していく。一人の女性の成長物語でありながら、そこに描かれる葛藤や問いかけは、多くの女性に通じる普遍的なものです。いわゆる“マンガのヒロイン”的な現実離れした存在ではなく、誰もが自分自身を重ねることのできる主人公が描かれています。読者それぞれがラファエルの姿に自分を重ね、その感覚を味わってほしい作品です。

最後に、本書を語る上で欠かせないダノさんの作画。インクと木炭を用いて描かれる白黒のコントラストは、息をのむほど美しい。繊細さと力強さ、光と影が織りなす陰影。物語の持つ複雑な感情をより鮮やかに浮かび上がらせています。特に注目していただきたいのは、一枚の画に奥行きと余韻をもたらす“光”の表現です。パリの夜の街並み、真っ暗の部屋でスマホの明かりに照らされる顔、窓から燦々と差し込む朝日――。どの場面でも光が単なる背景ではなく、人物の感情や空気感までも映し出しています。その効果は、表紙のイラストをひと目見れば十分に伝わるはずです。

発起人・翻訳:上原めぐみ(うえはら めぐみ)
大学の授業でアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ著『星の王子さま』に出会い、原書の研究を通して翻訳者を志す。映画やドラマの日本語版制作会社等で働く傍ら、フランス・リヨンでの滞在を経て、途切れ途切れではありながら約10年にわたり映像翻訳を学ぶ。リヨンではリュミエール映画祭にボランティアスタッフとして参加するなど、熱心なフランス映画ファン。本書との出会いをきっかけにバンド・デシネに魅了され、現在はフランス語圏の作品や作家、社会背景への理解を深めながら、その魅力を発信している。2児の母。

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