
『Tomorrow Will Be Different』は、政治が大好きな子どもだったサラ・マクブライドが、大学と地元デラウェア州で人権擁護活動に目覚め、運命の人に出会い(最愛の人アンディの祖父はスーパーコンピュータの父と言われるシーモア・クレイ)、共にLGBTQの権利擁護のために闘いながらも、結婚して4日後に彼を癌で失い、その後もふたりが理想とした社会の実現のために前進を続ける足跡を辿った自伝です。
社会を良くしたいと願う純粋な若者が、「自分の未来は消えてしまうかもしれない」と不安に怯えながらも、偽りの自分では生きていけないと覚悟を決めてカムアウトし、無理解や反発の一方で温かいサポートを受けながら、ソウルメイトにめぐり逢い、失い、それでも立ち上がる姿が優しく美しい言葉で綴られています。
本書がアメリカで刊行されたのは2018年で、その後、彼女は州上院議員となり、2024年の選挙で連邦下院議員に当選しました。トランスジェンダーであることを公言している全米初の下院議員です。トランプが大統領に再選され、共和党が上下両院で勝利した選挙を勝ち抜いて民主党の下院議員に選ばれたのは大変な偉業です。
彼女の優しさと強さと賢さがすべて盛り込まれた一冊です。
発起人・翻訳:草生亜紀子(くさおいあきこ)
ニューヨークタイムズを読んでいたとき、一本のインタビュー記事に目が止まった。その写真の人がとても気高く美しかったから。「誰だろう?」と思って記事を読みはじめて驚いた。アメリカで初めて、トランスジェンダーを公言して下院に初当選した34歳。彼女は、保守の嵐が吹き荒れ、共和党が大統領選と上下両院選挙を制した2024年の選挙を勝ち抜いたのだ。すぐに本書を手に入れて一気に読んだ。
とにかく、最初から最後まで美しい。もちろん、彼女が巻き込まれるくだらない論議は出てくる。その最たるものが「トランス女性が女子トイレを使うのは脅威だ」という不当な攻撃で、まともな政治論議をする以前にこうした差別的発言に立ち向かわざるを得ない彼女の苦悩は読んでいて辛い。2025年に下院議員となったサラを議場で「ミスター」と呼び続ける共和党議員も現存する。加えて、最愛の人を失う胸が張り裂けるような出来事もある。
だが、全体を貫くのは、誰も差別されない社会を築こうとする彼女の信念と希望だ。今や無法地帯と化したワシントン政界で、泥沼の蓮のようにサラは毅然と立っている。
先日もニューヨークタイムズのポッドキャスト「エズラ・クライン・ショー」に出演していたサラは、今の政治に必要なのは「グレイス」だと語っていた。「品格、優雅さ、礼儀正しさ」など様々な意味を持つ言葉だが、彼女は「意見が異なることを認めあう余裕」と定義していた。意見の違いを認めるのは民主主義の基本だが、それさえ通用しなくなっている今のアメリカで、サラは穏やかにそれを訴える。一方で、人々の日々の悩みや苦しみに十分に心を砕いてこなかった民主党には手厳しく反省を迫ったりもする。
アメリカ政界で今いちばん目が離せない存在なのだが、彼女の存在はまだ日本では広く知られていない。私は多くの人に彼女のことを知ってもらいたい。それは、LGBTQに直接関わりがあるとかないとか、当事者であるとかないとか、そういうこととは関係なしに、一人の人間の生きる姿勢として崇高だと思うから。「明日は変えられる、良くなる」と信じて前に進もうとするすべての人に届けたい本だ。
発起人・翻訳:草生亜紀子(くさおいあきこ)
産経新聞記者、The Japan Times 記者、新潮社『フォーサイト』編集部などを経て独立。国際人道支援NGOで働きながら、フリーランスで翻訳・原稿執筆を行う。著書に『理想の小学校を探して』、『逃げても、逃げてもシェイクスピア 翻訳家・松岡和子の仕事』(共に新潮社刊)。中川亜紀子名義で訳した絵本に『ふたりママの家で』(サウザンブックス社刊)がある。国際基督教大学、米Wartburg大学卒業。